サモン街のジャクレン寺院の墓地は、まばらな木立に囲まれて陰気に荒れ果てていた。墓地の外れにあるみすぼらしい小屋に住んでいる、墓守の老人の言うことには、近くにそんな男は住んでいないということだった。ただ、三年ばかり前に墓荒らしがあったのは、事実らしかった。幾つか新墓が荒らされて、死体が盗まれたことがあると言う。
「坊さんどもがな、そりゃあウォストーンから来た屍食鬼の仕業だって騒いでな。俺は言ってやったんだ。ウォストーンからはるばる地べたの中を土竜みてえにほじくって、その屍食鬼ってのが、わざわざサンジェリィまで来るのかってよ！ 俺は絶対、トリプロ街のいんちき医者がよ、いんちき薬の材料にするのに盗んだんだって、言ったんだがよ。俺は見たんだ、月のない暗い晩に角灯持った二人組が、貧民墓地の辺りでごそごそやってるのよを！ 屍食鬼が角灯持つかい？ でも、坊さんどもは、臭い薪をして、太鼓叩いて、夜通しお祈りさ！ まあ、騒ぎになったせいか、墓荒らしはそれっきりにはなったけどな」
墓守の老人は妙に歯並びのいい口を開いて、湿った声で笑った。この老人こそ屍食鬼に見えないこともなかったが、彼の推測は真実に近いのかもしれない。
白衣を着たジャクレンの僧侶たちはそんな男は知らないと言った。祈祷で屍食鬼を退散させた件は、幅四イート（約一・二メートル）のへたくそな絵になって、会堂に飾られていた。
寺の近くには、葬式や結婚式の花飾りを売る店、ジャクレンの儀式に必要な白や黄の法衣を貸す店、儀式の後の宴のための酒や料理を扱う店などが、幾つか並んでいた。尋ね回ったが、空振りだった。
私は辻馬車を拾い、シュヌベル大学へ向かった。往古の遺物や黴臭い史書などを扱う学者なら、知り合いがいないわけでもなかったが、医科の方とはとんとご縁がなかった。仕方がないので、学籍係の灰色の髪をした女にダズン貨幣を握らせた。灰色の髪の女は眼鏡越しに淀んだ目を見開いて、しわの寄った薄い唇で「そんなことは……」と言いかけたが、もう一枚押し込むと急に表情をなくして、奥の書棚から分厚い記録簿を取ってきた。
学費が払えなくなったり、学業不振で大学をやめる者は珍しくはなかったが、奇怪な実験で放校になる者が、そう滅多にいるはずもない。黄ばんだ頁をめくっていると、それらしい名前が目に留まった。
「フェルトーヴ・ヴェス・ザウスト−放校に処す。禁書第二十八号『フォークト・フランスタンの日記』を無断閲覧、並びに実験用遺体の無断使用により」
日付は六年前になっていた。『フォークト・フランスタンの日記』というのは、イオロープのシュヴァイツ辺りの古い伝説で、死体から生きた人間を造ったという医者の日記だった。話には聞いていたが、まさかシュヌベル大学にそんなものが所蔵されているとは知らなかった。
ザウストという名前の御殿医者の家を探り当てるのに半日かかり、アイトーネ街の外れにたどり着いた頃には、夕闇が街を覆い始めていた。
路に沿った高い石塀の向こうは、サンジェリィの悪の巣窟とされるトリプロ街だが、奇妙なことに塀にはところどころ、背の低い扉がついていた。誰がどんな用事でこの二つの街を行き来するのか知らないが、とにかく扉が必要なのだ。
その高い塀からほど近い一角に医師ザウストの屋敷はあった。緑がかった灰色のざらざらした石塀に囲まれ、緑青の吹いた青銅の門扉は、頂が槍のように尖っていた。
屋敷の中には明かりが灯っているようだった。呼び鈴の紐を引くべきか逡巡していると、路の向こうから早足で近づいてくる者があった。つばの短い帽子に尻までの格子縞の引き回し、細い足、女探偵のお出ましだった。
エスパンクは私の姿を認めると、一瞬立ち止まったが、すぐにまた早足になった。ザウスト邸の門には明かりが灯っていなかったが、あまり機嫌の良さそうな顔には見えなかった。
「あんた、ここで何してるの」
「こんばんは、君と同じく仕事中だよ」
エスパンクは眉根にしわを寄せて、うさんくさげに私を見た。薄暗くてよくわからないが、瞳は明るい鳶色のようだ。白い肌には少し雀斑が浮いていたが、それが魅力と言えないこともない。
「この事件は私のものよ。邪魔しないで」
「君の言うこの事件と、僕の言うこの事件は少し違っているのかもしれない」
「とにかく邪魔はしないで」
苛立たしげに彼女は言った。気が短いらしい。
「せっかく二人揃ったんだ。一人が正面から行って屋敷の主の注意を引き、もう一人が裏から探るという手もあるが」
彼女は間髪入れずに応えた。
「お断りよ」
私たちは夕闇の中で、わずかの間見つめあったが、結局私が折れた。
「では、いっしょに行くしかないね。僕は君の助手ということにしておこうか」
エスパンクは、少しばかり口の端に笑みを浮かべて、「仕方ないわね」と言った。
「ところで、君のかわいい坊やは今晩も来ているのかい」
少し緩んだ女の表情がまたきついものとなった。
「関係ないでしょ。かわいい坊やなんて言わないで！ ユニオルはあたしの大事な相棒よ」
かわいい坊やというところで、わずかに彼女の頬が赤らんだようが気がしたが、暗すぎてよくわからなかった。石塀の上で、かすかな気配がしたような気もしたが、風で梢が揺れただけかもしれない。
エスパンクが呼び鈴の紐を引き、どこかで大袈裟な音がした。しばらく待って、今度は私が引く番だろうかと考えていると、角灯を下げた人影が門扇に近づいてきた。
傴僂のように背が曲がっており、頭巾付きの暗い色の引き回しをかぶっていた。引き回しの裾からのぞく足は、ひどい蟹股だった。角灯の明かりで照らされた頭巾の下の顔は奇怪なものだった。大小の疣があり、鼻は縦に裂けた穴のようだった。口は大きく耳まで裂け、生々しい珊瑚色の唇に縁取られていた。目は異様に大きく見開かれ、ほとんど白目がないように見えた。蜥蜴か蛙を思わせる異相だ。
男は虚ろな青黒い目で私たちを見たまま、何も言わなかった。ひどく長い時間が流れたような気がした。
こらえられずにエスパンクが口を開いた。固い口調で彼女は言った。
「王宮御典医ヴェス・ザウスト殿のお宅ですね。是非ともお聞きしたいことがあってお訪ねしました。私はナーノ・エスパンク、探偵を稼業としております」
ちょっと可愛らしい名前だったが、勝手にナーノと呼んだら、平手打ちを食らうかもしれない。
頭巾の男は、特に彼女の名前に関して思うところはないようだった。だが、とりあえず、返答はあった。
「御典医ヴェス・ザウスト様は亡くなりました」
私とエスパンクは薄闇の中で顔を見合わせた。
「それでは、ご子息のフェルトーヴ殿は？」
女探偵もどこかでフェルトーヴ・ヴェス・ザウストのことを聞き込んできたらしい。
「フェルトーヴ様は、ご旅行中です。この家にはおりません」
私は勝手に作戦を変えることにした。
「そうかい、じゃあバルターフ・ヴェイストっていう偽医者はいるかい。あの塀の向こうで、若返りの薬なんか売ってる奴だ。奴の薬を買って塗ったら、肌が爛れてひどい目にあったという奥方がいる。バルターフ・ヴェイストとは、下手な偽名だ。あんたのところの惣領息子のことだろう」
強面に出た私を見て、エスパンクはこちらを見て意外そうな表情をした。礼儀正しい紳士だと思われていたのかもしれない。
頭巾の男は青黒い濁った目をぐるぐると動かした。まるでナクシャッツの密林に生息する七色蜥蜴のようだった。
「そんな奴は知らない。ご主人は旅行中だ」
異相の男は、ひどいしゃがれ声でそう言うと踵を返し、早足で屋敷の方へ戻っていった。途中で何回かこちらを振り向き、私たちの方を睨みつけた。大きな口の中から、やけに赤い長い舌を、威嚇するかのように突き出してみせた。
男が姿を消すと、エスパンクは屋敷の塀に沿って、歩き出した。
「おい、どこへ行くつもりだ」
振り向きもせずに彼女は答えた。
「決まってるでしょう。塀を乗り越えて屋敷の中を探るのよ。あんたは来なくていいわよ。今夜の協定はここまで」
私は彼女の手首をつかんだ。細いがしっかりとした力のある腕だった。
「何するのよ！」
「止めておくのが得策というものだ。あの頭巾の男が、全うな人間ではないことは、君にもわかるだろう」
私は左手で、ファバーン剣の鯉口を切り、刀身のファバーン文字がほのかに光っているのを彼女に見せた。
「そんなものあたしが恐がるとでも思うの！」
「異界のものの力をみくびってはいけない。恐怖に鈍感な奴は生き残ることはできない。恐れることは恥ではない」
エスパンクは暫しの間、黙って私の顔を見ていた。日はすっかり落ちてしまい、どんな面持ちなのかは見て取れなかった。
「どうしろって言うの」
「そうだな。酒を飲んで飯を食うことがまず必要だ」
「あんたと二人で？」
「蜥蜴男の同席は断る。何なら坊やを連れてきてもいいさ」
エスパンクは少しだけ考えているような仕草を見せた。それから、指笛を短く三回吹いた。塀の上かどこかで、わずかな物音が応えたような気がした。
「いいわ、探偵さん。あんたの話を聞いてあげるわ」
私は腰を曲げて右手を払い、古くさい貴族連中が好む挨拶をしてみせた。
「よし、スナブ・ランケンとやら。妾を案内せい！」
三文芝居の姫様のように、彼女は答えた。
「坊さんどもがな、そりゃあウォストーンから来た屍食鬼の仕業だって騒いでな。俺は言ってやったんだ。ウォストーンからはるばる地べたの中を土竜みてえにほじくって、その屍食鬼ってのが、わざわざサンジェリィまで来るのかってよ！ 俺は絶対、トリプロ街のいんちき医者がよ、いんちき薬の材料にするのに盗んだんだって、言ったんだがよ。俺は見たんだ、月のない暗い晩に角灯持った二人組が、貧民墓地の辺りでごそごそやってるのよを！ 屍食鬼が角灯持つかい？ でも、坊さんどもは、臭い薪をして、太鼓叩いて、夜通しお祈りさ！ まあ、騒ぎになったせいか、墓荒らしはそれっきりにはなったけどな」
墓守の老人は妙に歯並びのいい口を開いて、湿った声で笑った。この老人こそ屍食鬼に見えないこともなかったが、彼の推測は真実に近いのかもしれない。
白衣を着たジャクレンの僧侶たちはそんな男は知らないと言った。祈祷で屍食鬼を退散させた件は、幅四イート（約一・二メートル）のへたくそな絵になって、会堂に飾られていた。
寺の近くには、葬式や結婚式の花飾りを売る店、ジャクレンの儀式に必要な白や黄の法衣を貸す店、儀式の後の宴のための酒や料理を扱う店などが、幾つか並んでいた。尋ね回ったが、空振りだった。
私は辻馬車を拾い、シュヌベル大学へ向かった。往古の遺物や黴臭い史書などを扱う学者なら、知り合いがいないわけでもなかったが、医科の方とはとんとご縁がなかった。仕方がないので、学籍係の灰色の髪をした女にダズン貨幣を握らせた。灰色の髪の女は眼鏡越しに淀んだ目を見開いて、しわの寄った薄い唇で「そんなことは……」と言いかけたが、もう一枚押し込むと急に表情をなくして、奥の書棚から分厚い記録簿を取ってきた。
学費が払えなくなったり、学業不振で大学をやめる者は珍しくはなかったが、奇怪な実験で放校になる者が、そう滅多にいるはずもない。黄ばんだ頁をめくっていると、それらしい名前が目に留まった。
「フェルトーヴ・ヴェス・ザウスト−放校に処す。禁書第二十八号『フォークト・フランスタンの日記』を無断閲覧、並びに実験用遺体の無断使用により」
日付は六年前になっていた。『フォークト・フランスタンの日記』というのは、イオロープのシュヴァイツ辺りの古い伝説で、死体から生きた人間を造ったという医者の日記だった。話には聞いていたが、まさかシュヌベル大学にそんなものが所蔵されているとは知らなかった。
ザウストという名前の御殿医者の家を探り当てるのに半日かかり、アイトーネ街の外れにたどり着いた頃には、夕闇が街を覆い始めていた。
路に沿った高い石塀の向こうは、サンジェリィの悪の巣窟とされるトリプロ街だが、奇妙なことに塀にはところどころ、背の低い扉がついていた。誰がどんな用事でこの二つの街を行き来するのか知らないが、とにかく扉が必要なのだ。
その高い塀からほど近い一角に医師ザウストの屋敷はあった。緑がかった灰色のざらざらした石塀に囲まれ、緑青の吹いた青銅の門扉は、頂が槍のように尖っていた。
屋敷の中には明かりが灯っているようだった。呼び鈴の紐を引くべきか逡巡していると、路の向こうから早足で近づいてくる者があった。つばの短い帽子に尻までの格子縞の引き回し、細い足、女探偵のお出ましだった。
エスパンクは私の姿を認めると、一瞬立ち止まったが、すぐにまた早足になった。ザウスト邸の門には明かりが灯っていなかったが、あまり機嫌の良さそうな顔には見えなかった。
「あんた、ここで何してるの」
「こんばんは、君と同じく仕事中だよ」
エスパンクは眉根にしわを寄せて、うさんくさげに私を見た。薄暗くてよくわからないが、瞳は明るい鳶色のようだ。白い肌には少し雀斑が浮いていたが、それが魅力と言えないこともない。
「この事件は私のものよ。邪魔しないで」
「君の言うこの事件と、僕の言うこの事件は少し違っているのかもしれない」
「とにかく邪魔はしないで」
苛立たしげに彼女は言った。気が短いらしい。
「せっかく二人揃ったんだ。一人が正面から行って屋敷の主の注意を引き、もう一人が裏から探るという手もあるが」
彼女は間髪入れずに応えた。
「お断りよ」
私たちは夕闇の中で、わずかの間見つめあったが、結局私が折れた。
「では、いっしょに行くしかないね。僕は君の助手ということにしておこうか」
エスパンクは、少しばかり口の端に笑みを浮かべて、「仕方ないわね」と言った。
「ところで、君のかわいい坊やは今晩も来ているのかい」
少し緩んだ女の表情がまたきついものとなった。
「関係ないでしょ。かわいい坊やなんて言わないで！ ユニオルはあたしの大事な相棒よ」
かわいい坊やというところで、わずかに彼女の頬が赤らんだようが気がしたが、暗すぎてよくわからなかった。石塀の上で、かすかな気配がしたような気もしたが、風で梢が揺れただけかもしれない。
エスパンクが呼び鈴の紐を引き、どこかで大袈裟な音がした。しばらく待って、今度は私が引く番だろうかと考えていると、角灯を下げた人影が門扇に近づいてきた。
傴僂のように背が曲がっており、頭巾付きの暗い色の引き回しをかぶっていた。引き回しの裾からのぞく足は、ひどい蟹股だった。角灯の明かりで照らされた頭巾の下の顔は奇怪なものだった。大小の疣があり、鼻は縦に裂けた穴のようだった。口は大きく耳まで裂け、生々しい珊瑚色の唇に縁取られていた。目は異様に大きく見開かれ、ほとんど白目がないように見えた。蜥蜴か蛙を思わせる異相だ。
男は虚ろな青黒い目で私たちを見たまま、何も言わなかった。ひどく長い時間が流れたような気がした。
こらえられずにエスパンクが口を開いた。固い口調で彼女は言った。
「王宮御典医ヴェス・ザウスト殿のお宅ですね。是非ともお聞きしたいことがあってお訪ねしました。私はナーノ・エスパンク、探偵を稼業としております」
ちょっと可愛らしい名前だったが、勝手にナーノと呼んだら、平手打ちを食らうかもしれない。
頭巾の男は、特に彼女の名前に関して思うところはないようだった。だが、とりあえず、返答はあった。
「御典医ヴェス・ザウスト様は亡くなりました」
私とエスパンクは薄闇の中で顔を見合わせた。
「それでは、ご子息のフェルトーヴ殿は？」
女探偵もどこかでフェルトーヴ・ヴェス・ザウストのことを聞き込んできたらしい。
「フェルトーヴ様は、ご旅行中です。この家にはおりません」
私は勝手に作戦を変えることにした。
「そうかい、じゃあバルターフ・ヴェイストっていう偽医者はいるかい。あの塀の向こうで、若返りの薬なんか売ってる奴だ。奴の薬を買って塗ったら、肌が爛れてひどい目にあったという奥方がいる。バルターフ・ヴェイストとは、下手な偽名だ。あんたのところの惣領息子のことだろう」
強面に出た私を見て、エスパンクはこちらを見て意外そうな表情をした。礼儀正しい紳士だと思われていたのかもしれない。
頭巾の男は青黒い濁った目をぐるぐると動かした。まるでナクシャッツの密林に生息する七色蜥蜴のようだった。
「そんな奴は知らない。ご主人は旅行中だ」
異相の男は、ひどいしゃがれ声でそう言うと踵を返し、早足で屋敷の方へ戻っていった。途中で何回かこちらを振り向き、私たちの方を睨みつけた。大きな口の中から、やけに赤い長い舌を、威嚇するかのように突き出してみせた。
男が姿を消すと、エスパンクは屋敷の塀に沿って、歩き出した。
「おい、どこへ行くつもりだ」
振り向きもせずに彼女は答えた。
「決まってるでしょう。塀を乗り越えて屋敷の中を探るのよ。あんたは来なくていいわよ。今夜の協定はここまで」
私は彼女の手首をつかんだ。細いがしっかりとした力のある腕だった。
「何するのよ！」
「止めておくのが得策というものだ。あの頭巾の男が、全うな人間ではないことは、君にもわかるだろう」
私は左手で、ファバーン剣の鯉口を切り、刀身のファバーン文字がほのかに光っているのを彼女に見せた。
「そんなものあたしが恐がるとでも思うの！」
「異界のものの力をみくびってはいけない。恐怖に鈍感な奴は生き残ることはできない。恐れることは恥ではない」
エスパンクは暫しの間、黙って私の顔を見ていた。日はすっかり落ちてしまい、どんな面持ちなのかは見て取れなかった。
「どうしろって言うの」
「そうだな。酒を飲んで飯を食うことがまず必要だ」
「あんたと二人で？」
「蜥蜴男の同席は断る。何なら坊やを連れてきてもいいさ」
エスパンクは少しだけ考えているような仕草を見せた。それから、指笛を短く三回吹いた。塀の上かどこかで、わずかな物音が応えたような気がした。
「いいわ、探偵さん。あんたの話を聞いてあげるわ」
私は腰を曲げて右手を払い、古くさい貴族連中が好む挨拶をしてみせた。
「よし、スナブ・ランケンとやら。妾を案内せい！」
三文芝居の姫様のように、彼女は答えた。
