スラッティーはいつも通り現れて〈赤い扉〉に入っていった。エスパンクは少し間を置いて、入った。出てこないところを見ると、偽の紹介状は功を奏したらしい。
私はこの前、この店を張っていた時と同じ路地に身を隠し、待った。
ユニオルはエスパンクが店に入るのを私の隣で見送った。私は彼に聞いてみた。
「物騒な技はどこで習った？」
金色の髪の美少年は無邪気そうに見える笑みを浮かべながら答えた。
「ウドフォールの曲芸団にいたのさ。短剣投げとか綱渡りとか、あれこれ教えられた。巾着切りとかもね。でも、親方が僕のお尻をしつこく何とかしようとするから、教わった技を使ってやったのさ。これも恩返しっていうのかな」
ユニオルは冷たい笑い声をもらした。
「殺したのか」
「ああ。血の泡ぶくぶく吹いて、馬鹿みたいにあうあう言ってたさ」
「それで」
「サイマー街あたりで巾着切りとかやってたんだけど、新月通りでやくざ者に引っかかって危ないところを姐さんに拾われたのさ。女探偵の相棒、堅気の商売だろう」
「巾着切りに比べれば、そうだろう」
「二親はどうしたとか、家はあるのかとか聞かないのかい」
「他人の家庭に興味はない。それに聞いても、あまり楽しい話にはならないだろう」
「そりゃ、そうだね。あんた、話がわかるね」
ユニオルはにっこりと笑うと、蜥蜴男がうろついていないか見てくると言って、路地から出た。人気のない方へ入っていくと、身軽に石塀によじ登り、そのまま屋根の上へ上がっていった。路を歩くのは性に合わないのだろう。
街娼を二人ばかりやり過ごした後、プルクト神殿の深夜の鐘が聞こえてきた。真っ赤に塗られた扉が開いて、黒い服を着たスラッティーが出てきた。神殿の鐘を合図にでもしているのかしれない。
女を一人連れている。店の前の赤い洋燈に照らされて緑色の服が黒ずんで見える。エスパンクだ。
女探偵は少し足元がふらついていた。スラッティーは少しも酔った感じはなく、新しいお相手の細い腰に手を回している。
二人は店の前で長い口づけをかわした。エスパンクも両の手をスラッティーの体に回している。芝居なのか、本当に魅了されてしまったのか、酔っているのか、よくわからなかった。
接吻が終わると二人は歩き出した。この前の夜と同じ路を歩いていく。ときどき、思い出したように立ち止まり口づけを交わす。しばらくクラーシャ街の表通りを歩いて、右手の暗い小路に入った。今晩は後ろから殴りかかってくる奴はいなかった。怪しげな甘い匂いもしない。このまま歩いていけば、直にラグラン大通りに着いてしまう。
その時、がらがらという馬車の走る音が聞こえてきた。すぐ前の十字路の右手から二輪馬車が飛び出してきた。御者台の上で二つの影がもみ合っている。揺れる角灯の明かりがユニオルの金色の髪と、傴僂の男の丸い蜥蜴のような目を照らし出した。
私は走った。御者台から一つの影が投げ出されるのが見えた。細い影はユニオルに違いなかった。御者は手綱を引き、馬車は十字路で止まった。
スラッティーはエスパンクを馬車の上に押し上げている。エスパンクは抵抗するわけでもなく悲鳴を上げるわけでもなく、ただのろのろと馬車に乗り込んでいく。ヤムラスの薬は効かなかったのかもしれない。
二人の女が乗り込み、馬車は走り出した。私は間に合わなかった。車輪の音が遠ざかり、かすかな女の嬌笑が聞こえたような気がした。
「ユニオル！」
少年は十字路の真ん中に倒れていた。馬車に轢かれることはなかったようだ。額から血が出ていた。抱き起こすと「畜生！」と言って、血の混じった唾を吐いた。
「大丈夫か」
「たいしたことはないよ。畜生め！ さっさと片づけちまえばよかったんだ！」
「走れるか？」
「ああ」
ユニオルは私の手を除けて、立ち上がった。
「警邏隊へ行くんだ。ここなら南部局が近い。僕の名前を出して、ノップラントという男に伝えるんだ。首なし殺人の犯人が、アイトーネ街の御典医ザウスト邸にいるってな。急げ！」
「あんたは？」
「先にザウスト邸に行く。大丈夫だ、姐さんはすぐに首を刎ねられはしないさ」
ユニオルはうなずいて、走り去った。私の目を見た顔には、少しだけ不安そうな面持ちが浮かんでいたように見えた。年相応というものだろう。
私はラグラン大通りに向かって走った。クラーシャ街入口の派手な拱門の下で、酔客を待っていた辻馬車に飛び乗り、御者に余分な金を握らせ、アイトーネ街の行く先を告げた。
私はこの前、この店を張っていた時と同じ路地に身を隠し、待った。
ユニオルはエスパンクが店に入るのを私の隣で見送った。私は彼に聞いてみた。
「物騒な技はどこで習った？」
金色の髪の美少年は無邪気そうに見える笑みを浮かべながら答えた。
「ウドフォールの曲芸団にいたのさ。短剣投げとか綱渡りとか、あれこれ教えられた。巾着切りとかもね。でも、親方が僕のお尻をしつこく何とかしようとするから、教わった技を使ってやったのさ。これも恩返しっていうのかな」
ユニオルは冷たい笑い声をもらした。
「殺したのか」
「ああ。血の泡ぶくぶく吹いて、馬鹿みたいにあうあう言ってたさ」
「それで」
「サイマー街あたりで巾着切りとかやってたんだけど、新月通りでやくざ者に引っかかって危ないところを姐さんに拾われたのさ。女探偵の相棒、堅気の商売だろう」
「巾着切りに比べれば、そうだろう」
「二親はどうしたとか、家はあるのかとか聞かないのかい」
「他人の家庭に興味はない。それに聞いても、あまり楽しい話にはならないだろう」
「そりゃ、そうだね。あんた、話がわかるね」
ユニオルはにっこりと笑うと、蜥蜴男がうろついていないか見てくると言って、路地から出た。人気のない方へ入っていくと、身軽に石塀によじ登り、そのまま屋根の上へ上がっていった。路を歩くのは性に合わないのだろう。
街娼を二人ばかりやり過ごした後、プルクト神殿の深夜の鐘が聞こえてきた。真っ赤に塗られた扉が開いて、黒い服を着たスラッティーが出てきた。神殿の鐘を合図にでもしているのかしれない。
女を一人連れている。店の前の赤い洋燈に照らされて緑色の服が黒ずんで見える。エスパンクだ。
女探偵は少し足元がふらついていた。スラッティーは少しも酔った感じはなく、新しいお相手の細い腰に手を回している。
二人は店の前で長い口づけをかわした。エスパンクも両の手をスラッティーの体に回している。芝居なのか、本当に魅了されてしまったのか、酔っているのか、よくわからなかった。
接吻が終わると二人は歩き出した。この前の夜と同じ路を歩いていく。ときどき、思い出したように立ち止まり口づけを交わす。しばらくクラーシャ街の表通りを歩いて、右手の暗い小路に入った。今晩は後ろから殴りかかってくる奴はいなかった。怪しげな甘い匂いもしない。このまま歩いていけば、直にラグラン大通りに着いてしまう。
その時、がらがらという馬車の走る音が聞こえてきた。すぐ前の十字路の右手から二輪馬車が飛び出してきた。御者台の上で二つの影がもみ合っている。揺れる角灯の明かりがユニオルの金色の髪と、傴僂の男の丸い蜥蜴のような目を照らし出した。
私は走った。御者台から一つの影が投げ出されるのが見えた。細い影はユニオルに違いなかった。御者は手綱を引き、馬車は十字路で止まった。
スラッティーはエスパンクを馬車の上に押し上げている。エスパンクは抵抗するわけでもなく悲鳴を上げるわけでもなく、ただのろのろと馬車に乗り込んでいく。ヤムラスの薬は効かなかったのかもしれない。
二人の女が乗り込み、馬車は走り出した。私は間に合わなかった。車輪の音が遠ざかり、かすかな女の嬌笑が聞こえたような気がした。
「ユニオル！」
少年は十字路の真ん中に倒れていた。馬車に轢かれることはなかったようだ。額から血が出ていた。抱き起こすと「畜生！」と言って、血の混じった唾を吐いた。
「大丈夫か」
「たいしたことはないよ。畜生め！ さっさと片づけちまえばよかったんだ！」
「走れるか？」
「ああ」
ユニオルは私の手を除けて、立ち上がった。
「警邏隊へ行くんだ。ここなら南部局が近い。僕の名前を出して、ノップラントという男に伝えるんだ。首なし殺人の犯人が、アイトーネ街の御典医ザウスト邸にいるってな。急げ！」
「あんたは？」
「先にザウスト邸に行く。大丈夫だ、姐さんはすぐに首を刎ねられはしないさ」
ユニオルはうなずいて、走り去った。私の目を見た顔には、少しだけ不安そうな面持ちが浮かんでいたように見えた。年相応というものだろう。
私はラグラン大通りに向かって走った。クラーシャ街入口の派手な拱門の下で、酔客を待っていた辻馬車に飛び乗り、御者に余分な金を握らせ、アイトーネ街の行く先を告げた。
