「それじゃ、イオロープへは渡れないって言うのか」
「旦那、これから戦がおっ始まるってのに、何、世迷言を言ってるんだ。オスヴェースの橋のこっちの袂にゃイーテンの兵隊どもがぎっしりなんだよ。向こう岸はピレゴシェ率いる西の蛮族どもでいっぱいだ。奴ら、お妃様と三人の姫様を散々犯して、はらわたを裂いて殺したって話だ。西側はもうお仕舞だよ」
海峡を挟んだビスタポルスの東側で、商人宿の主は半ば呆れ顔で私にそう言った。
「海路はどうだ。オスヴェースの大橋の下は船も行き交っているんだろう」
「だからねえ、旦那。橋の上で合戦が始まるってのに、誰が船を出すかね。どっちが勝っても、とばっちりは俺たち下々の者にふりかかってくるんだ。船主どもも、ここは亀みたいに首を縮めているしかないのさ」
イーテン帝国の西端、ビスタポルスの街から、私はイオロープの地へ渡ろうとしていた。ビスタポルスはオスヴェースの大橋を挟んで東西に広がる大きな街だ。狭隘なオスヴェース海峡の上に突き出した東西の大岩には巨大な石橋が架けられ、二つの街並みを結んでいる。大橋を渡り、西ビスタポルスの城壁を越えれば、そこは荒廃の地イオロープだった。
〈大いなる厄災〉の爪痕が残り、荒涼とした大地に奇怪な生き物、あるいは魔界からのものが跳梁跋扈するという土地。だが、ビスタポルス周辺では、城壁の向こう側に住むイオロープの住人との交易も盛んに行われており、化け物ばかりの地獄のような土地とも思えなかった。いずれにせよ、私はその土地をこの目で見てみたかった。
けれども、私はビスタポルスに来る時期を間違えたようだった。東の街は橋を渡って西から逃れてきた人々でごった返していた。西から押し寄せてきた蛮族の軍団が城壁を破り西の街に侵入、虐殺と略奪を行っているというのだ。
これまでにも時折小競り合いはあったらしいが、イーテンの守備隊の前に蛮族はいつも蹴散らされていたという。だが、今回は勝手が違ったらしい。蛮族はピレゴシェという指導者に率いられ、組織的な攻撃をかけてきた。しかも、ピレゴシェは恐ろしい魔法の使い手で、西の城壁を守っていたイーテンの部隊は全滅したのだという。
西の街を陥落させたピレゴシェはオスヴェースの大橋を渡ってビスタポルス全市を陥れ、あまつさえイーテン帝国を討ち滅ぼそうとしているのだという。
宿はすでに橋を渡ろうとして足止めをくらった商人や西の街から逃れてきた人々でいっぱいだった。無論、宿に泊まれるのはごく一部の恵まれた、あるいは運の良かった人間にすぎない。蛮族の侵攻から逃れてきた多くの人々は、広場に、道に、神殿に、市場に、あるいは急遽解放された学校や病院に溢れていた。身代を背負ってきた者、着の身着のまま逃げてきた者、裕福な者から貧しい者まで、煤けた人々の面持ちは、皆、不安と恐怖に曇っていた。
蛮族は西の街に火を放ち、太守の宮殿を略奪し、万神殿を打ち壊し、彼らの崇める神に祈りを捧げているという話だった。
「恐ろしいことだ、恐ろしいことだ。あの野蛮人どもは、百二十八の神像をすべて引き倒し、大槌で打ち砕き、その上に糞尿をふりまいたのだ。それから、奴らが何をしたと思う？ 神官や巫女たちを奴らが崇める神に生け贄として捧げたのだ！ 腹を裂き、はらわたをえぐり出し、喉を裂き、溢れ出る生き血を葡萄酒と称して、回し飲んだ！ おお、だが、そんな野蛮な儀式など、奴らのおぞましさの一端に過ぎぬ。聞け！ ビスタポルスの民よ！ 奴らが崇める神は、ただ一つなのだ！ 良いか、奴らは唯一絶対の神を崇めているのだ！ 神はこの世にただ一つしか存在しない、他の神はすべて邪神邪教だと奴らは叫ぶ！ この野蛮と狂気が西の街を犯し尽くしているのだ！」
大橋にほど近い広場で、血に染まり引き裂かれた衣を着た禿頭の男が、大声で叫んでいた。額の傷から流れた血が、半ば固まって頬にこびりついている。広場を埋める群衆から様々な声が聞こえた。
「あれは西の万神殿の寺男だそうだ。命からがら逃げて来たって話だ」
「生け贄だって？ 野蛮人どものやることはまったく理解できない。供物の捧げ方も知らんのだ。マディブの毒蛇教団だってそんなことはせんぞ」
「唯一絶対の神とは、途方もないことを！ 百の人あれば百の神ありということも、わからんのか」
人々は口々にそんなことを言い立て、それぞれの神に祈りを捧げた。
何の当てがあるわけでもなかったが、私は黄白色の石造りの街を海峡の方へと歩いた。東の街は橋から続く大通りに沿って左右に街並みが続く細長い街だった。橋のかかる海峡に向かって道は少しずつ上り坂になっている。難を逃れようと多くの人々がその道を下っていた。荷馬車に家財を積んで逃げていく者もいる。だが、二階、三階と石と煉瓦を積んで建てられた家々の窓には、大通りの様子を眺める人々の姿も数多く見られた。橋の袂で体勢を整えている帝国の軍勢が西からの侵略者を打ち倒すと信じているのだろうか。
坂を登り、大橋が近づくと、鎧兜に身を固めた兵士たちの姿が目立ち始めた。袂の広場には投石機が準備されていた。橋へと続く大門の扉は固く閉ざされ、周囲には十重二十重の槍衾、門の櫓の上には弓矢を持った兵士たちが並んでいた。
広場にはまだかなりの数の群衆がいた。前をのぞきこもうとしているのは、怖いもの見たさの連中だろうか、逆に彼らを押しのけて、橋から離れようとしているのは、門が閉じる前に西の街から逃れてきた人々だろうか。皆、煤と血で汚れた姿で、中には力なく座り込んだり怪我をしているのか動けない者もいるようだった。
「邪魔だ、邪魔だ。さっさと神殿かどこかに避難するんだ！ この門は絶対に開けさせん！ イオロープの野蛮人どもは一人残らず、橋から追い落としてやる！ おまえたちはそれぞれの神に祈っていろ！」
銀色に光る兜を被った兵士が大声で叫び、槍を振り回して、人々を追い払おうとしていた。
「ピレゴシェは魔法を使うぞ！ 蛮族の兵士どもは半分は化け物だと言うじゃないか！ 本当に大丈夫なのか！」
誰かが叫んだ。
「我らイーテン帝国の兵がそんな世迷言を恐れると思うか！ 魔法に怯え、誑かされるのは野蛮人だけだ！」
「見ていないから、そんなことが言える！ 私はこの目で見た！ 地獄から来た怪物が相手なのよ！」
東から逃れてきたらしい女がわめいた。
斑に空を覆っていた雲が太陽を隠し、広場は仄暗い影に覆われた。見上げると、やけに動きの速い雲が天空に広がり、空は奇妙に黄緑がかって見えた。どこからか、冷たい湿った風が吹いてきた。
不安の騒めきが、群衆にも兵士たちにも広がった。大粒の雨粒がぼつぼつと落ちてきて、石畳の上に黒ずんだ染みを作った。
「血だ！ 血の雨だ！」
また、誰かが叫んだ。擦り切れた私の外套の上にも、それは赤黒い染みを作った。ただの雨でないことは間違いなかった。
「魔術だ！ 邪悪な妖術だ！ ピレゴシェが魔法を使っているぞ！」
人々は恐怖の声を上げながら、一斉に広場から逃げ出した。少しでも橋の袂から離れようと、駆け出していく。
「狼狽えるな！ こんなものは手品に過ぎん！ 持ち場を離れるな！」
銀の兜の隊長らしき男が兵士たちを叱咤する。逃げ出しはしなかったが、兵士たちの表情は空模様と同じくらい曇っていた。
櫓の上の兵士が何か大声で叫んでいた。「来るぞ！」という最初の一声はわかったが、後は何を言っているのかは聞き取れなかった。空から降ってきたもので、あたりは大混乱に陥った。ざーっと血の雨が激しく降ったかと思うと、次にもっと大きなものが落ちてきた。斬り落とされた首、腕、足、千切れたはらわたや肉、それにはらわたを抜かれた胴、そういったものが次々と空から降ってきたのだ。
これも魔道士の仕業なのか、それとも投石機か何かで飛ばしているのか、人間の断片は門とその左右の城壁を越えて、次々と東の街に降り注いだ。
悲鳴と怒号が渦巻いた。兵士たちが一斉に矢を放つのが見えた。投石機が唸りを上げて、火炎弾や石を放つ。門の向うからも矢が降り注いだ。血や臓物だけで戦をするつもりではないのだ。
私は広場の東端まで人々といっしょに退き、一旦、石造りの建物の陰に隠れた。大方の人々はそんなところに立ち止まらず、逃げていく。広場のまわりの店々からも、まだ残っていた者たちが逃げていく。あちらこちらで露台がひっくり返り、恐れ戦く声が聞こえる。
門の向うから飛んできた大きな石が広場の真ん中に落ちた。ばちんと大きな弾ける音がして、石−いや、何かの殻なのだろうか−の中から、奇怪なものが現れた。それは大ざっぱに言えば人間のような形をしていたが、腕も足も四本ずつあった。希に生まれるという体が融合した双子のように、背中合わせに二人の人間が貼り付いているように見えた。全身、黒いぬめぬめとしたもので覆われ、目鼻立ちもわからないそれは、嗚咽のような声を上げながら、くるくると動き回った。ひどい油のような悪臭がした。
兵士たちは槍や剣を構えたもののどうしていいのかわからず、距離をとってこの怪物を取り囲んだ。双生児のような怪物は、おぼつかない足取りで、円を描いて陣の中を歩き回り、偶然なのか意図したものなのか、投石機の方に近づいた。
「そいつを止めろ！ 投石機に近づけるな！」
どこかで誰かが叫び、兵士たちはようやく長槍を突き出したが、遅かった。怪物は火炎弾のための種火の篝火に腕の一本を突っ込んだ。
凄まじい悲鳴が広場中に轟いた。怪物の声だ。奴の腕は大きな炎を噴いて燃え上がった。化け物は燃える腕を振り回し、投石機に火を点けると、周囲の兵士たちに襲いかかった。
何本もの槍が怪物を突き刺したが、怯む様子はなかった。奴は炎を他の三本の腕にも自分で移し、兵士たちを燃える腕で薙ぎ払った。
また、唸りを上げて大石が飛んできた。その中からも、四本の腕と足を持つ、黒い怪物が現れた。怪物は別の投石機に近づくと、同じように自らの腕に火を点けて、あたりを焼き払い始めた。
さらにもう一つの大石が飛んできたが、そいつは殻が割れた衝撃で、傷を負ったらしく、黒い油のようなものの下からどす黒い血を流し、恐ろしい苦悶の声を上げて、のたうち回った。どうやら、そいつの体の半分は女のように見えた。
そいつは満足に立ち上がることも出来ずに、石畳の上を転げ回った。兵士たちは与し易しと見たか、槍を次々に突き刺した。傷からは、赤い血とともに、黒い粘つくものが溢れ出した。手傷を負った怪物は、どこか憐れみを感じさせるような声を上げた。
すると、暴れ回っていた怪物の一体が、兵士たちを蹴散らして、手負いの仲間に近づいた。燃える腕−すでに手指は燃え尽きてなくなっていた−を立ち上がれない怪物に押し付けた。
傷を負った怪物の全身が炎に包まれた。傷口から流れ出しているのは油か火薬なのだろうか。
どん、という凄まじい音がして、手負いの怪物は紅蓮の炎を発して爆発した。私は間一髪、建物の影に身を隠し、炎と爆風から身を守った。
恐る恐る顔を出すと、石畳が黒く焦げたまわりには無数の兵士たちの死骸が横たわり、なお燃え続ける怪物の体の欠けらが飛び散っていた。
目の前で繰り広げられる地獄絵図を、私は魅入られたように見続けていた。橋を渡ってイオロープへ向かうことはもちろん不可能だったし、ここでイーテンの兵士たちに加勢する気持ちがあるわけでもなかった。この危険な場所に、い続ける理由は何もなかった。怖いもの見たさで広場のまわりにいた群衆と、私は何も変わらなかった。だが、彼らはすでに逃げ出した。では、どうして私はここに留まっているのだろう。
サンジェリィを旅立ってから、もう随分と月日が過ぎていた。大洋を渡り、東の帝国アニャチから西の帝国イーテンまで、長い旅を続けるうちに、無数の人の死を見て、無数の不毛な戦を目にしてきた。人間の欲望と残虐には果てはなく、理不尽な暴力には国も民族も人種も垣根はなかった。
それでも、私は見続けたかった。イオロープへ渡って何があるというのだろうか。〈大いなる厄災〉の末の荒野を私は見たいのだろうか。見たいのは人間の愚行の果てだろうか、それとも、どこかにあるかもしれない希望の種のようなものを探し求めているのだろうか。
また、何体かの怪物がこちらに着弾した。奴らは門の前で槍を構える兵士たちの中に突入した。槍に突き刺されても、黒い燃える腕を振り回し、口からどす黒いものを門扉に吐きかけた。
大橋の門は炎に包まれた。櫓の上の兵士は門のこちら側にも矢を射かけたが、炎と煙に包まれて、次々と倒れていった。
門の向こう側から、大きな鬨の声が上がったと思うと、どん、どんという大きな音が響き渡った。破城槌で門扉を突いているに違いない。何回も大きな音が繰り返され、燃え上がる扉が大きく歪むのが見えた。「門を守れ！ 門を守れ！」という怒鳴り声が聞こえたが、門の前にいた守備隊は燃える怪物と死闘を続けるのが精一杯のようだった。
大音響とともに門が破られた。炎の門の中から、巨大な破城槌を抱えた蛮族がなだれ込んできた。
イーテン兵から奪ったものらしい革鎧や鎖帷子を着込んでいる者もいたが、大半は粗末な毛皮に革帯という姿で、蓬髪に髭面、骨や角飾りをつけた兜を被っている者もいる。手にする武器は、幅広の剣や巨大な戦斧、棍棒や槍など様々で、奪ったイーテンの剣を振りかざしている者もいたが、似合っているようには見えなかった。
破城槌を抱えている者たちは屈強な体つきをしていたが、その後からわらわらと押し寄せてくる者たちは、大柄な者、小柄な者、痩せた者、太った者、老いた者からまだ子どものように見える者まで、雑多な人間の集まりだった。まともな兵士には見えないどころか、明らかに身体のどこかに歪みや異常を抱えた者たちもいた。足を引きずる者、背中に瘤のある者、隻腕、あるいは腕の数の多い者。
異形の軍団は興奮し切った様子で、めったやたらに得物を振り回し、言葉にならない獣のような声を上げて、守備隊に襲いかかった。
たちまちのうちに広場は血みどろの地獄絵図となった。破城槌を持った者たちはそれを広場の真ん中に立つゴスパル将軍の彫像に打ち付け、ビスタポルスの大橋を作り上げた建築家の像は、砕けてただの石塊と化した。すでに燃える怪物のおかげで混乱していた守備隊は、ほとんど恐慌状態になった。抵抗は続いていたが、次々と門から溢れ出してくる異形の蛮人たちに、押し倒され、突き刺され、斬り裂かれていた。
そして、門の中から黄金色の光が溢れ出した。すすり泣くような声で歌う女たちの声が聞こえた。黒い襤褸布のような頭巾付きの衣をまとった女たちに囲まれて、薄汚れた驢馬に乗った男が、門の向うから姿を現した。
「ピレゴシェ、ピレゴシェ、ピレゴシェ！」
男の名前が詠唱のように、何重にも谺して叫ばれた。イオロープからの者たちは、イーテン兵を屠る手を休めてその名を叫んだが、不思議なことに守備隊の兵士たちもまた、刃を振るう手を止めて、その驢馬に乗った男の方に視線を送るのだった。
ピレゴシェと呼ばれる小柄な男は、継ぎ接ぎだらけの頭巾付き長衣をまとい、驢馬の背に揺られていた。薄い灰色の髭を伸ばし、砂埃にまみれた薄茶色の顔をしていた。四十過ぎに見えたが、もう少し若いのかもしれない。頬がこけ、しわのよった顔はそれなりの歳にも見えるのだが、灰色の大きな瞳はどこか稚気を感じさせ、本当の歳をわからなくさせていた。
特段、見た目で人を惹きつけるようなものがあるわけではなかったが、ピレゴシェのまわりには金色の光の輪が取り巻いているようだった。それは、本当に目で見える金色の光なのだろうか、それとも彼の持つ何かの力が心に取り入り、光を見せているのだろうか。私にはわからなかった。
ピレゴシェは無表情に驢馬の背に揺られて、広場の中央まで進んだ。侵入者も守備隊も彼のために道を空けた。襤褸をまとった男は手にした杖を振りかざした。杖はただの木の枝だったが、その先端から金色の光が溢れ出したように見えた。
「聞け！ 東の街の民よ、イーテンの兵よ、数多の異教の神々を崇める者よ！ 悔い改めよ！ 神は一つ、唯一絶対の神、全知全能の神、ただ一つ。数多の邪教の神殿を打ち壊し、唯一の神のみに祈りを捧げよ！ さすれば、迷いは消え、苦しみは消え、永遠なる天の国へと続く階が目の前に現れる。悔い改めよ！ 邪教の魔物を打ち捨てよ！ 唯一の神に祈りを捧げよ！ さもなくば、神の怒りが天より降り注ぎ、魂は地獄に堕ち、永遠の苦しみにもがき続けることになる！」
ピレゴシェが言葉を切ると、一瞬の静けさが辺りを包んだ。黒い女たちはすすり泣きを止め、詠唱のように煽動者の名を呼ぶ声も起こらなかった。
その沈黙に耐えかねたように、一人の兵士が叫んだ。
「ふざけるな！ 人は数多、神は数多、それがイーテンの定法だ！ 唯一神など蛮族の迷妄だ！」
襤褸をまとった男は表情を変えず、その兵士の方も見はしなかった。ただ、右手に持った杖をわずかに動かした。すると、叫んでいた兵士は苦しげに胸を抑えて、膝を折り、鼻と口から血が噴き出した。兵士は血だけではない、何かどろどろとした臓物のようなものを口から溢れさせて死んだ。
再び、広場は渾沌と殺戮の巷と化した。イーテンの兵士たちは逃げる者あり、戦う者あり、だが、奇怪な侵略者たちはどちらの兵士にも容赦なく斧を振り降ろし、棍棒で頭蓋を粉砕した。
もはや守備隊は部隊の体をなしておらず、やがて敗走が始まった。広場から堰を切ったかのように、血にまみれた兵士たちが走り出した。兜の下には恐怖に駆られた顔があった。
その時、大通りを潰走する兵士たちの中に、二人の女の姿を私は見た。
「旦那、これから戦がおっ始まるってのに、何、世迷言を言ってるんだ。オスヴェースの橋のこっちの袂にゃイーテンの兵隊どもがぎっしりなんだよ。向こう岸はピレゴシェ率いる西の蛮族どもでいっぱいだ。奴ら、お妃様と三人の姫様を散々犯して、はらわたを裂いて殺したって話だ。西側はもうお仕舞だよ」
海峡を挟んだビスタポルスの東側で、商人宿の主は半ば呆れ顔で私にそう言った。
「海路はどうだ。オスヴェースの大橋の下は船も行き交っているんだろう」
「だからねえ、旦那。橋の上で合戦が始まるってのに、誰が船を出すかね。どっちが勝っても、とばっちりは俺たち下々の者にふりかかってくるんだ。船主どもも、ここは亀みたいに首を縮めているしかないのさ」
イーテン帝国の西端、ビスタポルスの街から、私はイオロープの地へ渡ろうとしていた。ビスタポルスはオスヴェースの大橋を挟んで東西に広がる大きな街だ。狭隘なオスヴェース海峡の上に突き出した東西の大岩には巨大な石橋が架けられ、二つの街並みを結んでいる。大橋を渡り、西ビスタポルスの城壁を越えれば、そこは荒廃の地イオロープだった。
〈大いなる厄災〉の爪痕が残り、荒涼とした大地に奇怪な生き物、あるいは魔界からのものが跳梁跋扈するという土地。だが、ビスタポルス周辺では、城壁の向こう側に住むイオロープの住人との交易も盛んに行われており、化け物ばかりの地獄のような土地とも思えなかった。いずれにせよ、私はその土地をこの目で見てみたかった。
けれども、私はビスタポルスに来る時期を間違えたようだった。東の街は橋を渡って西から逃れてきた人々でごった返していた。西から押し寄せてきた蛮族の軍団が城壁を破り西の街に侵入、虐殺と略奪を行っているというのだ。
これまでにも時折小競り合いはあったらしいが、イーテンの守備隊の前に蛮族はいつも蹴散らされていたという。だが、今回は勝手が違ったらしい。蛮族はピレゴシェという指導者に率いられ、組織的な攻撃をかけてきた。しかも、ピレゴシェは恐ろしい魔法の使い手で、西の城壁を守っていたイーテンの部隊は全滅したのだという。
西の街を陥落させたピレゴシェはオスヴェースの大橋を渡ってビスタポルス全市を陥れ、あまつさえイーテン帝国を討ち滅ぼそうとしているのだという。
宿はすでに橋を渡ろうとして足止めをくらった商人や西の街から逃れてきた人々でいっぱいだった。無論、宿に泊まれるのはごく一部の恵まれた、あるいは運の良かった人間にすぎない。蛮族の侵攻から逃れてきた多くの人々は、広場に、道に、神殿に、市場に、あるいは急遽解放された学校や病院に溢れていた。身代を背負ってきた者、着の身着のまま逃げてきた者、裕福な者から貧しい者まで、煤けた人々の面持ちは、皆、不安と恐怖に曇っていた。
蛮族は西の街に火を放ち、太守の宮殿を略奪し、万神殿を打ち壊し、彼らの崇める神に祈りを捧げているという話だった。
「恐ろしいことだ、恐ろしいことだ。あの野蛮人どもは、百二十八の神像をすべて引き倒し、大槌で打ち砕き、その上に糞尿をふりまいたのだ。それから、奴らが何をしたと思う？ 神官や巫女たちを奴らが崇める神に生け贄として捧げたのだ！ 腹を裂き、はらわたをえぐり出し、喉を裂き、溢れ出る生き血を葡萄酒と称して、回し飲んだ！ おお、だが、そんな野蛮な儀式など、奴らのおぞましさの一端に過ぎぬ。聞け！ ビスタポルスの民よ！ 奴らが崇める神は、ただ一つなのだ！ 良いか、奴らは唯一絶対の神を崇めているのだ！ 神はこの世にただ一つしか存在しない、他の神はすべて邪神邪教だと奴らは叫ぶ！ この野蛮と狂気が西の街を犯し尽くしているのだ！」
大橋にほど近い広場で、血に染まり引き裂かれた衣を着た禿頭の男が、大声で叫んでいた。額の傷から流れた血が、半ば固まって頬にこびりついている。広場を埋める群衆から様々な声が聞こえた。
「あれは西の万神殿の寺男だそうだ。命からがら逃げて来たって話だ」
「生け贄だって？ 野蛮人どものやることはまったく理解できない。供物の捧げ方も知らんのだ。マディブの毒蛇教団だってそんなことはせんぞ」
「唯一絶対の神とは、途方もないことを！ 百の人あれば百の神ありということも、わからんのか」
人々は口々にそんなことを言い立て、それぞれの神に祈りを捧げた。
何の当てがあるわけでもなかったが、私は黄白色の石造りの街を海峡の方へと歩いた。東の街は橋から続く大通りに沿って左右に街並みが続く細長い街だった。橋のかかる海峡に向かって道は少しずつ上り坂になっている。難を逃れようと多くの人々がその道を下っていた。荷馬車に家財を積んで逃げていく者もいる。だが、二階、三階と石と煉瓦を積んで建てられた家々の窓には、大通りの様子を眺める人々の姿も数多く見られた。橋の袂で体勢を整えている帝国の軍勢が西からの侵略者を打ち倒すと信じているのだろうか。
坂を登り、大橋が近づくと、鎧兜に身を固めた兵士たちの姿が目立ち始めた。袂の広場には投石機が準備されていた。橋へと続く大門の扉は固く閉ざされ、周囲には十重二十重の槍衾、門の櫓の上には弓矢を持った兵士たちが並んでいた。
広場にはまだかなりの数の群衆がいた。前をのぞきこもうとしているのは、怖いもの見たさの連中だろうか、逆に彼らを押しのけて、橋から離れようとしているのは、門が閉じる前に西の街から逃れてきた人々だろうか。皆、煤と血で汚れた姿で、中には力なく座り込んだり怪我をしているのか動けない者もいるようだった。
「邪魔だ、邪魔だ。さっさと神殿かどこかに避難するんだ！ この門は絶対に開けさせん！ イオロープの野蛮人どもは一人残らず、橋から追い落としてやる！ おまえたちはそれぞれの神に祈っていろ！」
銀色に光る兜を被った兵士が大声で叫び、槍を振り回して、人々を追い払おうとしていた。
「ピレゴシェは魔法を使うぞ！ 蛮族の兵士どもは半分は化け物だと言うじゃないか！ 本当に大丈夫なのか！」
誰かが叫んだ。
「我らイーテン帝国の兵がそんな世迷言を恐れると思うか！ 魔法に怯え、誑かされるのは野蛮人だけだ！」
「見ていないから、そんなことが言える！ 私はこの目で見た！ 地獄から来た怪物が相手なのよ！」
東から逃れてきたらしい女がわめいた。
斑に空を覆っていた雲が太陽を隠し、広場は仄暗い影に覆われた。見上げると、やけに動きの速い雲が天空に広がり、空は奇妙に黄緑がかって見えた。どこからか、冷たい湿った風が吹いてきた。
不安の騒めきが、群衆にも兵士たちにも広がった。大粒の雨粒がぼつぼつと落ちてきて、石畳の上に黒ずんだ染みを作った。
「血だ！ 血の雨だ！」
また、誰かが叫んだ。擦り切れた私の外套の上にも、それは赤黒い染みを作った。ただの雨でないことは間違いなかった。
「魔術だ！ 邪悪な妖術だ！ ピレゴシェが魔法を使っているぞ！」
人々は恐怖の声を上げながら、一斉に広場から逃げ出した。少しでも橋の袂から離れようと、駆け出していく。
「狼狽えるな！ こんなものは手品に過ぎん！ 持ち場を離れるな！」
銀の兜の隊長らしき男が兵士たちを叱咤する。逃げ出しはしなかったが、兵士たちの表情は空模様と同じくらい曇っていた。
櫓の上の兵士が何か大声で叫んでいた。「来るぞ！」という最初の一声はわかったが、後は何を言っているのかは聞き取れなかった。空から降ってきたもので、あたりは大混乱に陥った。ざーっと血の雨が激しく降ったかと思うと、次にもっと大きなものが落ちてきた。斬り落とされた首、腕、足、千切れたはらわたや肉、それにはらわたを抜かれた胴、そういったものが次々と空から降ってきたのだ。
これも魔道士の仕業なのか、それとも投石機か何かで飛ばしているのか、人間の断片は門とその左右の城壁を越えて、次々と東の街に降り注いだ。
悲鳴と怒号が渦巻いた。兵士たちが一斉に矢を放つのが見えた。投石機が唸りを上げて、火炎弾や石を放つ。門の向うからも矢が降り注いだ。血や臓物だけで戦をするつもりではないのだ。
私は広場の東端まで人々といっしょに退き、一旦、石造りの建物の陰に隠れた。大方の人々はそんなところに立ち止まらず、逃げていく。広場のまわりの店々からも、まだ残っていた者たちが逃げていく。あちらこちらで露台がひっくり返り、恐れ戦く声が聞こえる。
門の向うから飛んできた大きな石が広場の真ん中に落ちた。ばちんと大きな弾ける音がして、石−いや、何かの殻なのだろうか−の中から、奇怪なものが現れた。それは大ざっぱに言えば人間のような形をしていたが、腕も足も四本ずつあった。希に生まれるという体が融合した双子のように、背中合わせに二人の人間が貼り付いているように見えた。全身、黒いぬめぬめとしたもので覆われ、目鼻立ちもわからないそれは、嗚咽のような声を上げながら、くるくると動き回った。ひどい油のような悪臭がした。
兵士たちは槍や剣を構えたもののどうしていいのかわからず、距離をとってこの怪物を取り囲んだ。双生児のような怪物は、おぼつかない足取りで、円を描いて陣の中を歩き回り、偶然なのか意図したものなのか、投石機の方に近づいた。
「そいつを止めろ！ 投石機に近づけるな！」
どこかで誰かが叫び、兵士たちはようやく長槍を突き出したが、遅かった。怪物は火炎弾のための種火の篝火に腕の一本を突っ込んだ。
凄まじい悲鳴が広場中に轟いた。怪物の声だ。奴の腕は大きな炎を噴いて燃え上がった。化け物は燃える腕を振り回し、投石機に火を点けると、周囲の兵士たちに襲いかかった。
何本もの槍が怪物を突き刺したが、怯む様子はなかった。奴は炎を他の三本の腕にも自分で移し、兵士たちを燃える腕で薙ぎ払った。
また、唸りを上げて大石が飛んできた。その中からも、四本の腕と足を持つ、黒い怪物が現れた。怪物は別の投石機に近づくと、同じように自らの腕に火を点けて、あたりを焼き払い始めた。
さらにもう一つの大石が飛んできたが、そいつは殻が割れた衝撃で、傷を負ったらしく、黒い油のようなものの下からどす黒い血を流し、恐ろしい苦悶の声を上げて、のたうち回った。どうやら、そいつの体の半分は女のように見えた。
そいつは満足に立ち上がることも出来ずに、石畳の上を転げ回った。兵士たちは与し易しと見たか、槍を次々に突き刺した。傷からは、赤い血とともに、黒い粘つくものが溢れ出した。手傷を負った怪物は、どこか憐れみを感じさせるような声を上げた。
すると、暴れ回っていた怪物の一体が、兵士たちを蹴散らして、手負いの仲間に近づいた。燃える腕−すでに手指は燃え尽きてなくなっていた−を立ち上がれない怪物に押し付けた。
傷を負った怪物の全身が炎に包まれた。傷口から流れ出しているのは油か火薬なのだろうか。
どん、という凄まじい音がして、手負いの怪物は紅蓮の炎を発して爆発した。私は間一髪、建物の影に身を隠し、炎と爆風から身を守った。
恐る恐る顔を出すと、石畳が黒く焦げたまわりには無数の兵士たちの死骸が横たわり、なお燃え続ける怪物の体の欠けらが飛び散っていた。
目の前で繰り広げられる地獄絵図を、私は魅入られたように見続けていた。橋を渡ってイオロープへ向かうことはもちろん不可能だったし、ここでイーテンの兵士たちに加勢する気持ちがあるわけでもなかった。この危険な場所に、い続ける理由は何もなかった。怖いもの見たさで広場のまわりにいた群衆と、私は何も変わらなかった。だが、彼らはすでに逃げ出した。では、どうして私はここに留まっているのだろう。
サンジェリィを旅立ってから、もう随分と月日が過ぎていた。大洋を渡り、東の帝国アニャチから西の帝国イーテンまで、長い旅を続けるうちに、無数の人の死を見て、無数の不毛な戦を目にしてきた。人間の欲望と残虐には果てはなく、理不尽な暴力には国も民族も人種も垣根はなかった。
それでも、私は見続けたかった。イオロープへ渡って何があるというのだろうか。〈大いなる厄災〉の末の荒野を私は見たいのだろうか。見たいのは人間の愚行の果てだろうか、それとも、どこかにあるかもしれない希望の種のようなものを探し求めているのだろうか。
また、何体かの怪物がこちらに着弾した。奴らは門の前で槍を構える兵士たちの中に突入した。槍に突き刺されても、黒い燃える腕を振り回し、口からどす黒いものを門扉に吐きかけた。
大橋の門は炎に包まれた。櫓の上の兵士は門のこちら側にも矢を射かけたが、炎と煙に包まれて、次々と倒れていった。
門の向こう側から、大きな鬨の声が上がったと思うと、どん、どんという大きな音が響き渡った。破城槌で門扉を突いているに違いない。何回も大きな音が繰り返され、燃え上がる扉が大きく歪むのが見えた。「門を守れ！ 門を守れ！」という怒鳴り声が聞こえたが、門の前にいた守備隊は燃える怪物と死闘を続けるのが精一杯のようだった。
大音響とともに門が破られた。炎の門の中から、巨大な破城槌を抱えた蛮族がなだれ込んできた。
イーテン兵から奪ったものらしい革鎧や鎖帷子を着込んでいる者もいたが、大半は粗末な毛皮に革帯という姿で、蓬髪に髭面、骨や角飾りをつけた兜を被っている者もいる。手にする武器は、幅広の剣や巨大な戦斧、棍棒や槍など様々で、奪ったイーテンの剣を振りかざしている者もいたが、似合っているようには見えなかった。
破城槌を抱えている者たちは屈強な体つきをしていたが、その後からわらわらと押し寄せてくる者たちは、大柄な者、小柄な者、痩せた者、太った者、老いた者からまだ子どものように見える者まで、雑多な人間の集まりだった。まともな兵士には見えないどころか、明らかに身体のどこかに歪みや異常を抱えた者たちもいた。足を引きずる者、背中に瘤のある者、隻腕、あるいは腕の数の多い者。
異形の軍団は興奮し切った様子で、めったやたらに得物を振り回し、言葉にならない獣のような声を上げて、守備隊に襲いかかった。
たちまちのうちに広場は血みどろの地獄絵図となった。破城槌を持った者たちはそれを広場の真ん中に立つゴスパル将軍の彫像に打ち付け、ビスタポルスの大橋を作り上げた建築家の像は、砕けてただの石塊と化した。すでに燃える怪物のおかげで混乱していた守備隊は、ほとんど恐慌状態になった。抵抗は続いていたが、次々と門から溢れ出してくる異形の蛮人たちに、押し倒され、突き刺され、斬り裂かれていた。
そして、門の中から黄金色の光が溢れ出した。すすり泣くような声で歌う女たちの声が聞こえた。黒い襤褸布のような頭巾付きの衣をまとった女たちに囲まれて、薄汚れた驢馬に乗った男が、門の向うから姿を現した。
「ピレゴシェ、ピレゴシェ、ピレゴシェ！」
男の名前が詠唱のように、何重にも谺して叫ばれた。イオロープからの者たちは、イーテン兵を屠る手を休めてその名を叫んだが、不思議なことに守備隊の兵士たちもまた、刃を振るう手を止めて、その驢馬に乗った男の方に視線を送るのだった。
ピレゴシェと呼ばれる小柄な男は、継ぎ接ぎだらけの頭巾付き長衣をまとい、驢馬の背に揺られていた。薄い灰色の髭を伸ばし、砂埃にまみれた薄茶色の顔をしていた。四十過ぎに見えたが、もう少し若いのかもしれない。頬がこけ、しわのよった顔はそれなりの歳にも見えるのだが、灰色の大きな瞳はどこか稚気を感じさせ、本当の歳をわからなくさせていた。
特段、見た目で人を惹きつけるようなものがあるわけではなかったが、ピレゴシェのまわりには金色の光の輪が取り巻いているようだった。それは、本当に目で見える金色の光なのだろうか、それとも彼の持つ何かの力が心に取り入り、光を見せているのだろうか。私にはわからなかった。
ピレゴシェは無表情に驢馬の背に揺られて、広場の中央まで進んだ。侵入者も守備隊も彼のために道を空けた。襤褸をまとった男は手にした杖を振りかざした。杖はただの木の枝だったが、その先端から金色の光が溢れ出したように見えた。
「聞け！ 東の街の民よ、イーテンの兵よ、数多の異教の神々を崇める者よ！ 悔い改めよ！ 神は一つ、唯一絶対の神、全知全能の神、ただ一つ。数多の邪教の神殿を打ち壊し、唯一の神のみに祈りを捧げよ！ さすれば、迷いは消え、苦しみは消え、永遠なる天の国へと続く階が目の前に現れる。悔い改めよ！ 邪教の魔物を打ち捨てよ！ 唯一の神に祈りを捧げよ！ さもなくば、神の怒りが天より降り注ぎ、魂は地獄に堕ち、永遠の苦しみにもがき続けることになる！」
ピレゴシェが言葉を切ると、一瞬の静けさが辺りを包んだ。黒い女たちはすすり泣きを止め、詠唱のように煽動者の名を呼ぶ声も起こらなかった。
その沈黙に耐えかねたように、一人の兵士が叫んだ。
「ふざけるな！ 人は数多、神は数多、それがイーテンの定法だ！ 唯一神など蛮族の迷妄だ！」
襤褸をまとった男は表情を変えず、その兵士の方も見はしなかった。ただ、右手に持った杖をわずかに動かした。すると、叫んでいた兵士は苦しげに胸を抑えて、膝を折り、鼻と口から血が噴き出した。兵士は血だけではない、何かどろどろとした臓物のようなものを口から溢れさせて死んだ。
再び、広場は渾沌と殺戮の巷と化した。イーテンの兵士たちは逃げる者あり、戦う者あり、だが、奇怪な侵略者たちはどちらの兵士にも容赦なく斧を振り降ろし、棍棒で頭蓋を粉砕した。
もはや守備隊は部隊の体をなしておらず、やがて敗走が始まった。広場から堰を切ったかのように、血にまみれた兵士たちが走り出した。兜の下には恐怖に駆られた顔があった。
その時、大通りを潰走する兵士たちの中に、二人の女の姿を私は見た。
