現今のエイマン王は考古趣味がもっぱらで、祖父ほどの熱心さはないものの、残された公園には気を配っていた。民議会もテムヘム王の遺志を継ぎ、公園の維持にはそれなりに金をかけていた。
私はその日、アニハビー公園の真新しい長椅子に座り、外套の隠しに忍ばせた小瓶からディコンを飲んでいた。晩秋の日差しは弱く、秋風に黄や朱、赤の木の葉がゆれていた。足下には落ち葉がたまり、黄と赤と茶の絨毯を作っていた。
木々はまだ葉叢に緑を残しているものもあり、すっかり葉を落として青い空に無数の枝の絵模様を見せているものもある。黄緑から黄色、赤への美しい階調を誇っているかのような木もあれば、燃えるような赤一色となっているものもあった。
足下の葉も様々だ。楓一つとっても緋色に橙色、黄色と無限に変化がある。茶色く乾いた大きな葉もあれば、一枚の中に黄と緑が同居しているものもある。少し離れたところに立っている大銀杏の黄金色に輝くような葉も混じっている。
目の前は小さな広場で、子どもがたまった落ち葉をすくい上げては、宙に投げ上げて遊んでいた。小さな体の上にたくさんの葉が落ちてくると、子どもはうれしそうに手を広げ、くるくると回った。
私は幼い頃聞かされた話を思い出した。
サンジェリィのある公園で子どもが落ち葉を撒き散らして遊んでいた。母親の呼び声が聞こえ、子どもは母親のもとへ行こうとするが、その時もう一つの声が聞こえた。
「行かないで、もっと遊ぼう」
子どもはあたりを見回すが誰の姿もない。怖くなって、立ち去ろうとするが、また声がする。
「行かないで。私ともっと遊んで」
今度は声だけではなかった。子どもの目の前で落ち葉が渦巻くと形をとり、幼い女の子の姿になった。
あまりの不思議な出来事に子どもは恐ろしさも忘れて、落ち葉の少女の差し出した手に自分の手を重ねた。すると、まわりの落ち葉がつむじ風のようになって子どもを取り巻き、子どもの姿は消えてしまった。
母親は子どもを捜しに来るが、見当たらない。必死になって捜し回り、近所の人や警邏もやってきて公園中を捜すと、人気のない外れの方、林の近くの落ち葉が吹きだまりのようになっている中から、ようやく子どもを見つけ出すことができた。
子どもは気を失っていたが、正気を取り戻すと、落ち葉の少女のこと、その女の子と楽しく遊んでいたことを話した。
大人たちは落ち葉の中に落ちてどこか打って、そんな夢を見たのだろうと奇妙な話にけりをつけようとしたが、警邏が落ち葉の中から見つけたもので、話はそれだけではすまなくなった。
警邏は小さな珊瑚色の子どもの靴を見つけたのだ。一年ほど前に行方不明になったままの子どものことを警邏は思い出した。あたりを掘り返すと、白い骨となった幼い子どもの骸が出てきた。
話には幾つかの変奏があり、一年後に男の子も骨となって女の子と手をつないで発見されるというものや、二人とも落ち葉の精となり、また別の子どもを異界に引き込もうとするというものもあった。
いつの間にか、広場の子どもは姿を消していた。ふと、落ち葉の精の誘いにのってしまったのではないかという思いが浮かんだが、見遣れば、広場の向う、池のほとりに手をつないだ親子連れの後ろ姿があった。
太陽も西に傾き、肌寒い風が吹き始めた。私はディコンを懐にしまい、長椅子から立ち上がった。住処でもある探偵局に戻ろうと、広場を横切ろうとしたが、夕日に色を増した紅葉と落ち葉に心惹かれ、立ち止まった。
足下の落ち葉を両手ですくい、投げ上げると、鮮やかな赤や黄色、くすんだ褐色の木の葉が夕日の中で舞い落ちた。
急に風が吹いた。落ちるはずの葉はくるくると宙を舞い、それどころか地面にたまった無数の落ち葉も舞い上がり、私の目の前で渦を巻いた。
落ち葉の渦は小さくまとまり、一つの形−明らかに人間の姿−を取り始めた。朱色や黄や赤、薄い褐色や茶色の無数の葉は、一人のほっそりとした少女の姿となった。
背恰好からすれば十かそこいらだろうか。目鼻立ちははっきりしなかったが、肌にぴったりと色とりどりの葉を貼り付けたかのような姿は、奇妙な艶めかしさがあった。
「昼間からディコンを飲み過ぎたのか、それとも年甲斐もなく感傷的な気分になったりしたのが、まずかったのか。やれやれだ」
落ち葉の少女はくすりと笑ったように見えたが、葉が擦れ合うかさかさという音の方が耳に響いた。
少女は赤や黄色で彩られた小さな手を私に差し出した。
「私と遊んで、と言わないのかい」
少女の枯れ葉で形作られた顔が、少し寂しげな面持ちになったような気がした。
「僕がずいぶんと大人だからかい」
少女はわずかに首を横に振り、改めて手を差し出した。私はその細い指先にそっと手を重ねた。枯れ葉を丸めて作ったような指先は奇妙な温もりがあり、乾いてもいなかった。
少女が私の手を握ると、不可思議な感覚が伝わってきた。温かさと郷愁、物悲しさ、それと奇妙な活力。まわりのものが急に大きくなっていくような気がした。木々は高く伸びていき、広場の端はどんどん遠くなっていく。落ち葉の少女は逆に小さくなっていくようで、十ぐらいに見えたものが五六歳の幼い姿になっていく。彼女とつないだ私の手も同じように小さくなっていった。
心の内から諸々の煩わしさ、たまった澱、重苦しさ、そういったものが落ち葉が風に舞うようにどこかへ飛んで行く気がした。
私はすっかり大きくなった外套を脱ぎ捨て、落ち葉の少女と遊んだ。手に手を取って、落ち葉の渦の中を駆け回り、両手一杯に抱えた枯れ葉を空高く放り投げたり、かけあったりした。紅葉した葉を体中に浴びると、自分の体も少女と同じ落ち葉でできたものになっていく気がした。
少女は笑い、それにもう一つの笑い声が重なった。初めは気がつかなかったが、それは私自身の笑い声だった。
私たちは風に乗り、落ち葉と同じように宙に舞い上がり、くるくると回り、つま先で地面を蹴ると、また浮かび上がった。枯れ葉と同じくらい身が軽くなったようだった。
夕日が赤く落ち葉の少女の姿を染め上げた。一色に染まった少女の姿から、幾重にも重なった木の葉模様が薄らぎ、ふっくらとした子どもの頬が現れたような気がした。
どこからか、荒々しく落ち葉を踏み荒らすような音が聞こえた。急に少女の表情が曇り、動きが止まった。宙を舞っていた落ち葉がはらはらと地面に落ちた。
「こっち」
少女の唇が動いてそう言葉を発したように思えた。枯れ葉の少女は私の手を引き、公園の中を走った。落ち葉が私たちのまわりで舞い上がり、夕日を受けて赤や黄色に輝いた。
少女は飛ぶように走った。池の上、小川の上も水面に浮かぶ落ち葉の上を跳ぶようにして渡った。私も彼女と共に水面を跳んだ。
公園のはずれ、針葉樹の林が黒く影を落とすあたりまで来ると、少女は足を緩めた。
「助けて、怖い」
少女はかすれる声でそう言い、林の縁の窪地を指差した。つないだ手は震えていた。
黒い影が見えた。片足を引きずるようにして歩く男の影が、もう一つの小さな影を追っていた。前を行くのは、裾の短い外套姿の娘のようだった。歳の頃は十二三といったところだろうか。娘は後ろの男に気づいているのか、足早に歩いている。あたりに人影はなく、木立が夕日も遮っていた。
男が走った。娘も一瞬振り返ると走り出した。男は足を引きずっているにもかかわらず、走るのは速かった。
私は男を追った。最初は走っても一向進まないような気がしたが、すぐに一足ごとに歩幅が広がり、男との距離を縮めることができた。
追いつこうというその時、男は娘に襲いかかった。娘は恐怖のあまり悲鳴も上げられないのか、男にがっちりと肩をつかまれ、揺さぶられる。私は男の後頭部に手刀を叩き込んだ。
少し狙いがずれたのか、存外頑健だったのか、男はぐらついて娘から手を放したが、昏倒はしなかった。振り向いた男の右手には長めの短刀が握られていた。薄汚れた黒い服を着た男は、額から頬にかけて大きな傷があった。歪んだ唇から乱杭歯が飛び出している。丸く見開かれた目からは、憎しみと情欲がぎらぎらと放たれているようだった。
「邪魔をしやがって！ どいつもこいつも俺の邪魔をしやがる！」
男は短刀を振りかざし、飛びかかってきた。ファバーン剣は探偵局に置いてきていた。手裏剣は外套の裏だ。
私は刃を握った右手を左腕で跳ねのけ、腹に拳をお見舞いした。男はうめいたが、すぐさま、短刀を突き入れてくる。足が悪いわりにはよく動いて、反撃されてもすぐに刃を振り回して攻めてくる。刃傷沙汰に興奮しているのか、口元に泡が噴き出し、顔には昂揚した笑いが浮かんだ。何か悪い薬でも使っているのかもしれない。
激しい勢いで短刀を突き出した男の悪い方の足を私は蹴り飛ばした。男は体勢を崩して、落ち葉の吹き溜まりに足を踏み入れた。男の体は大きく斜めに傾いで、落ち葉の中に倒れ込んだ。落ち葉に顔を埋めたまま、男は動かなくなった。
男の片足は落ち葉に隠れた地面の窪みにはまっていた。蹴ってみたが動かない。うつ伏せに倒れている体をひっくり返すと、男は自分の短刀が胸に突き刺さり、息絶えていた。
急に風が吹いて、落ち葉が舞った。すぐ側に落ち葉の少女が立っていた。少女は死んだ男の脇にしゃがみ、血にまみれた胸にそっと指先をあてた。
「寂しい」
そう小さな声が聞こえた気がした。少女は立ち上がり、落ち葉が男の骸のまわりをつむじ風のように舞った。枯れ葉の渦の中で、男の死骸が見る見るうちに縮んでいく。黒い服はだぶだぶになり、顔からは傷が消え、気弱そうな少年の姿が飛び回る葉の中に垣間見えた。
風が止み、宙を舞っていた落ち葉が地上に舞い落ちた。薄汚れた服と血まみれの短刀を残して、男の姿は消えていた。落ち葉の少女の姿もどこにも見当たらなかった。
かすかに子どもの笑い声が聞こえた気がした。笑い声は二つ響きあって聞こえるようにも思えた。
娘は膝を擦りむいたくらいのようだったが、安堵したのか、ひどく泣き出した。近くの商家の娘だというのをようやく聞き出し、送ろうと夕暮れの公園を歩き出すと、角灯を手にした見回りの警邏と出くわした。
警邏は私をひどく疑ったが、娘が泣きながらもあったことを話してくれた。娘は男が倒れたときに風が吹いて落ち葉が舞ったことは話したが、落ち葉の少女の姿は見ていないようだった。
警邏は私たちを事件のあった場所に案内させた。男の服と短刀は落ち葉に埋もれるように残されていたが、死骸はどこにも見当たらなかった。
娘は家に帰されたが、私は警邏隊の詰め所で、夜中まであれこれと聞かれた。スナブ・ランケンという探偵だと名乗ると、さらに詰問が厳しくなった。消えた男はどうやら何人かの娘を手にかけているらしかった。
翌日、外套を拾いに公園にもう一度出向いた。外套は落ち葉の上で−隠しの中のディコンの小瓶も−そのままになっていた。
冷たい風が吹いて乾いた葉が舞ったが、落ち葉の少女は現れなかった。
その後、落ち葉の精の話に新たな変奏が加わったのかどうかは、聞いていない。
